我儘なひとともう言わないから


久しぶりに明け方の夢に夫の人が出てきたの、もっと頻繁に出てきてくれたらいいのにって毎回思うけど、でもたまにだからいいのかな、わかんないや、


普段、押し出しが強めの人だったのに、わたしに気づいて欲しいと思うことがあると、なんとなく黙って、察して欲しい空気を醸したりしてたんだけど、その小さな「察してちゃん」が発動してる時の感じ、わたしすっかり忘れていたの、でもこの前の夢でそれに久しぶりに気づいて、あぁ、これよ、これってこんなに愛おしいものだったかしら、と、そう思ったんですよね、そうやって、時間とともに薄れて、完全に忘れてしまっていたようなこと、夢の中でふわっと気配が強く漂って、ちゃんと思い出してうまく掬い取れたこと、目が醒めるほど嬉しかったんだけど、強い気持ちを感じると、夢だと分かって目が醒めてしまうのよ、あれ、どうにかならないものかしらね


最近ときどき、亡くなったご家族の遺骨をリングなどに加工して、これからもずっと一緒に居られるね、みたいな素敵なツイートが、わたしの目にも触れることがあるんですけど、あれ、なんだかすてきね、素敵とは思うのよ、思うの、でもね、多分わたしには出来なくてね、あのね、物理的にはできるんだよ、骨は在るのだから、でもなんだ、心情的に出来ないのよなぁって思うんだ、大切な家族の死に対してさ、多分みんな少なからず後悔とか何も出来なかった悔しさとか、絶対にあるはずなんですよ、ちゃんとできた、やり切った、ってことは多分なくて、そう云う悔いがわたしにはある、とてもある、だからああやって、物理的に骨を形に、文字通り結晶に凝縮して、それを身に着けることに恐怖がある、美しさよりも、消してはいけない、消えてはいけない、後悔とか、もちろんそれだけじゃない、いろいろな気持ちの煮凝りみたいのを分かりやすく石に加工して、それを身につけることで、その感情に慣れて、自分のことを簡単に許してしまうのではないか?と云う危惧がある訳です……でもあれ?なんかこれ書いてたら、なんだかもしかしたら、それでもよいのかもしれないと思えてきた、清濁併せ呑むと云うのかしら、身につけることで、よい思い出もいつも一緒、悔やむ気持ちもいつも一緒、みたいなことなのかもしれないわね、すごいね、そんな風にどんな気持ちになるかを想像してアクセサリーにしてるの?みなさま……(どこに着地するのこれ) いえね、まぁだからと言って倣ったりはしないんですけどね、単純にわたしが、夫に今のわたしをめちゃくちゃそばに居て見られていたらなんとなく恥ずかしい、みたいな気持ちがあるからかもしれないな、恥じるようなことがあると云う意味じゃなくて、そんなにそばにいたら普通に恥ずかしいだろ、みたいなことです、それくらい、夫と云うひとがわたしにとって全然遠い存在にならないと云うことなんだよね、多分、(そう言えばあのひと、すぐそばで顔を覗き込むと面白がっていつも笑った、君の顔が面白いからと言っていつも笑った、ちゃんと顔を見てほしくてそばで見るのに、笑って目を逸らすの、単純に照れてたんだと思うんだけど、あれは可愛くて好きだったな、と云う、これは単なる惚気なのよ)


だってもう7年になるのにね、忘れない日はいちにちだってないんですのよ、驚くでしょう?わたしなんて薄情だから、すっかり忘れて平和に生きてるか、逆に神経すり減らし過ぎて、痩せ細ってさっさと死んでしまうのかと思ってたら、そのどちらでもなくて、順当に以前のようにゆるゆると肥って、帰宅したらここには居ない夫に「ただいま〜」なんて挨拶して、しかも生きてる時には呼んだことのなかった、彼の名前でね、ずっと呼んでるの、7年も経つとね、もう別のひとの名前のようなのよ、こんなことなら生きてらっしゃった時から名前で呼んでおくのだったわと、思ったり思わなかったり、する訳です


ほんとうにとりとめがないのよ、この話。「いつでも僕の舌はいつも空回りして、言わなくていいことばかりがほら溢れ出す」というやつです、そう言えば、ふたりで「雨の中大声で笑う」ようなことも長く居た中ではあった、飼っていたでっかい黒い犬の散歩をしてた時だ、あの時の夫の年齢をわたしはもう追い越してしまっているんだなぁと、そんなことに気づいたりもします、(7度目の祥月命日がもうすぐなので、いろんなことを思い出してしまうね)


それから、7年前のあの夏、つらくてしんどくて毎日友だちと長電話をして、ずっと話をきいてもらっていたこと、絶対に忘れない、死んだ人の気配が強くて、いたたまれなくて、この部屋にいてひとりで過ごすのが悲しかったから、しばらく東京を離れていたけど、あの夏、あの街の新幹線の高架の近くにあった、大きないちじく畑から、青いいちじくがだんだんと実を大きくして、爽やかな果実の香りをぬるい空気が運んできてくれたこと、きっとずっと忘れないと思うし、なんならいちじくを食べるとあの畑のわきを歩いている時の気分を思い出す、毎日長い時間、辛抱強くわたしの話を聞いてくれた彼女にはずっとずっと感謝してるんだ、本当にありがとう、いったい何を話したのか、ほとんど忘れてしまったのだけれど、毎日感じてたことをじゃんじゃん吐き出していたのだろうなと思う、(その節はお世話になりました、引き続きどうぞよろしくお願いいたします)


暑さが身に堪える夏です、早く呼んでくださってもいいとずっと思ってはいたけど、7歳氏と、月齢3ヵ月ちゃんがめちゃくちゃかわいいので、まだまだそちらに行けそうにありません、それでもまぁ、そんなにお待たせすることもないのかもしれない。とは言え、多分あなたよりずっと長生きするつもりです、元気です、ありがとう、どうぞ、またね









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フルーツのガム噛んで

Another psychedelic paint

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